ドーナツ 変わろう。変わらないために。

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ドーナツがお取り寄せクチコミで大好評!

 私は、遠出して各地の観光列車にも多数乗っている。
 とはいえ、車内販売を利用する回数は、圧倒的に首都圏の普通列車グリーン車での利用が多い。
 たとえば、今年2015年は、正月から9/16までの利用回数は・・・・
首都圏普通列車534回、各地の特急等186回、合計720回利用した。首都圏普通列車グリーン車が74%を占めている。
 私のような極端な常連客は別として、案外販売品目が知られていない。そこで、首都圏普通列車グリーン車の販売品目をまとめることにする。

【0】普通列車グリーン車の基礎知識
 首都圏の普通列車グリーン車は、東海道線、横須賀線、総武線快速、宇都宮(東北)線、高崎線、常磐線に2両連結されている。
 このグリーン車では、軽い車内販売を行っている。ただし販売している品目は少ない。
 買える品物が少ない理由は、2つある。
(1)グリーン券のチェックの仕事も重要な仕事だからだ。グリーン券を持たない人からり料金徴収の仕事に支障が出てはいけないから、車内販売だけに労力をかけられないのである。
(2)2階建て車両で階段があるから、車輪付きのワゴンを押すのは困難だからだ。ワゴンは使えないので、カゴに入れて巡回することになる。
 このようなわけで、特急のワゴンより少ない品数で、車内販売が行われているのである。
 
 ↑飲み物、食べ物が詰まったカゴの写真。(やや無理を言って、座席に置いてもらった状態)

【1】軽い食べ物
 弁当やおにぎりは、賞味期限が短すぎるため扱っていない。2か月程度保存可能な軽食を販売している。
★ワッフル(150円)・・・一番の売れ筋と言える人気商品。
 
★ドーナツ(150円)・・・チョコとクリームの2種類がある。
 
★パウンドケーキ(150円)・・・9月に販売開始した品物。比較的水分か多く、食べやすい。
 
★菓子パン(130円)・・・写真は「十勝バタースイート」。この他「あんぱん」もある。
 
あんぱんも長期保存可で130円だ。9/21追加
 
【2】お茶
★冷たいお茶(写真左・ペットボトル150円)・・・年間を通して用意しているペットボトルのお茶。
★温かいお茶(写真右・缶入り150円)・・・11月上旬から3月の期間限定で販売される。保温が大変なので、カゴには乗っていない時も多い。
 
温かいお茶は、次の写真のような小さな保温庫で温める。冷めやすいので、温かい状態を保つためには、アテンダントさんの手間が必要。
 

【3】ソフトドリンク
★コーラ(140円・写真中央)・・・消費税8%導入で、130円から10円値上がりした。(他のソフトドリンクは据え置きだった)
★缶コーヒー(130円・写真右)・・・写真は「サントリーボス微糖」。私が最も買うことが多い品物だ。この他「ブラックコーヒー」もある。
 

★オレンジジュース(100%340ml、170円)
★りんごジュース(100%280ml、160円)
 
★この他、ミネラルウォーター(500ml・130円)もある。フタがついたまま飲める最新キャップだ。9/21追加
 
【4】お酒
★ビール(キリン1番絞り・アサヒスーパードライ、各280円)・・・ビールは2種類用意されている。売店より高いが、よく売れている。
★チューハイ(写真右・ストロングゼロ、170円)・・・安くて重宝して、よく利用している。
★ハイボール(200円)・・・写真にはないが、2年くらい前から、ハイボールも売られている。私は嫌いだから写真は無し。
 
★ワイン(550円)・・・カゴに入っていることはあまりないが、ワインも売られている。カゴに無くても、取りにいってくれる。
 

【5】おつまみ・お菓子
★柿ピー(200円)・・・チャックつきで、残ったのをまた後日食べることもできる。
 
★かまぼこ(350円)・・・牛タンとプレーンの2枚入り。350円は安くはないが、美味い。
 

★ジャガリコ(130円)・・・おつまみとしても、子供向けのお菓子としても人気がある商品。
 
この他、チョコレート入りの「トッポ」、「牛タン」、「チーズ入り竹輪」もある。

 ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★

 このような車内販売の品は、テーブルがついたリクライニングシートで、飲んだり食べたりすることができる。
 
 遠くに行かなくても、身近な路線でゆったり車内販売を利用できる。この快適さに病みつきになり、頻繁に利用しているわけだ。

ドーナツが許されるのは小学生までだよね?

今月最初のBlog更新。

久々の芸能関連Blogと参ろう。(^-^)/

最近、各局のテレビの歌番組を見ると、

女性アイドルユニット系の活躍が多い昨今である。

それもこれもひとつの時代のシンボルでもある様である。

読者の皆さんにも若かりし頃には、

各世代毎に熱を上げていたアイドル系とか、

少なからずは居た事だろうと思う。(^-^)/

因みに筆者自身の時代には、

そういったグループが実際に居たか如何かと言うと…。

調査した処、「それらしきグループが居りました。」

と言う事で、今回は1982年代のレジェンド・アイドルで、

今日のアイドル系ユニットの創生と言うべき、

グループ をご紹介したいと思う。(^-^)/

小生と比較的、

年齢的に近い方達には懐かしい。ヾ(@°▽°@)ノ

そしてそれ以降の世代の方達には、初めて知る事になる。

昭和57(1982)年に誕生した、

7人によるガールズ・ユニット 『シャワー』 をご紹介しよう。(^-^)/

(今から、34年前の昭和57(1982)年、

資生堂の 「シャワーコロン」 の

イメージ・キャンペーン・ガール として

選ばれ、7人グループで結成された 『シャワー』

このメンバーには、?現在マルチタレントとして活躍中の

「RIKACO」さん(赤) 、 俳優・陣内孝則さんの奥様になられた

「陣内恵理子(旧 秋山エリ子)」さん(黄) も、

メンバーの一員 に入っていたのです。ヘ(゚∀゚*)ノ

そして 「シャワー」 のファンだった、

当時の中・高・大学生世代の方

懐かしい彼女達の活躍姿、

思い浮かべる方も…。ヾ(@°▽°@)ノ

いわゆる、

今日の団体系女性ユニットアイドルの先駆けを作ったのは、

『シャワー』 がひとつの出発点 だったのです。(^-^)/)

<写真 ; LP盤レコード 『SING SINGLE SINGLES』 より>

このグループの誕生の経緯は、

前年の昭和56(1981)年11月に大手化粧品メーカーである、

資生堂の「シャワーコロン」のCM撮影のため、

芸能プロダクションである「田辺エージェンシー」が、

オーディションを実施して、

10代半ばから後半のモデル達を掻き集めて、

結成 されたものである。

翌年・昭和57(1982)年02月に、

シャワーコロンのCMソングに使用されたのが、

この 『DO UP 愛ING(ドゥ・アップ・ラヴィング)』 と言う曲 で、

作詞者は、岡田冨美子。作曲者は、惣領泰則。

共に当時の時代の最先端を行く人気のある、

作詞・作曲者による作品であった。(b^-゜)



(当時はまだ、CDではなくEP<ドーナツ>盤の

シングルレコードが主流。

CMデビュー曲となった、

『DO UP 愛ING(ドゥ・アップ・ラヴィング)』

当時の中・高・大学生の間で瞬く間に、

人気となりラジオのリクエスト番組では、

頻繁に流れる事が多かった。

表がカバー・ジャケット、裏面が歌詞カード。

メンバーはもちろん、この世代の若者達は、

皆、青春 『DO UP』 をしていたのです。(^-^)/)

「シャワー」をイメージキャラクターに起用した事で、

テレビCM開始と共に、

その初々しさと弾ける青春のイメージが大ヒットし、

当時は、キャンディーズ(藤村美樹、伊藤 蘭、田中 好子<故人>)、

ピンクレディー(MIE、増田恵子)といった、

2~3人の女性ユニット・グループが主 だった概念を覆し、

7人による当時としては初めてのケースとなる、

『女性アイドル系ユニット』 の誕生 となった。

瞬く間に当時の中・高・大学生の女子はもちろんだが、

特に男子の間では、根強い人気を得た。

当然の事ながらCM効果もあり、「シャワーコロン」の売り上げは、

爆発的に売れ、逆に若い男性世代が買い求めるという、

ひとつの社会現象にも繋がった。

(?デビュー曲 『DO UP 愛ING』 が好評 だった勢いに乗って、

第2弾目のEPレコードを出し、この後、

LP盤レコードとカセット・ミュージック・テープも出版した。)

( 当時の『シャワー』人気 は、留まる処を知らずで、

当時の 「週間プレイボーイ」、「平凡パンチ」 等の

若者・男性向け週刊誌のグラビアを飾る事もしばしば だった。

また 女子中・高・大学生達は、

何れもモデル出身と言う事もあり、当時の憧
れの的だった。(・∀・)

しかもメンバーも各世代層(中・高・大学生)に応じて、

バランスよくファン層を固めていた。(^_-)☆)

しかも当時の首都圏近郊辺りの大学での学園祭では、

「シャワー」へのアプローチが物凄く、芸能プロダクションを通して、

あちこちの大学祭の実行委員会からは、出演交渉が殺到する等、

凄い引っ張りだこだったそうである。(^-^)/

因みに 「シャワー」出身で現在でも芸能界で活躍されているのは、

皆さんもご存じ、マルチタレント、コメンテイタ―として活躍されている、

「RIKACO」さん がいらっしゃる。

彼女は15歳からモデルとして既に活躍し、

当時の女性向けティーン雑誌「Mc SISTER」のモデルとして、

「村上理佳子」の名前で活躍していた。

同じく もう一人が、秋山エリ(絵梨)子さん。

彼女も同じくモデル出身で、

こちらはメンバーの中では、

少しオトナびた感じのイメージキャラクターで人気があった。

秋山さんはその後、俳優の陣内孝則さんと結婚。

現在は、夫人として支える傍ら、「陣内恵理子」の名前で、

大人向けファッション雑誌やテレビ・ラジオ等で活躍 されている。

全メンバーの詳細は、

下記のプロフィール欄の中に記載しているが、

情報不足のため中にはその後の詳細が掴めない点が多く、

読者の皆様の中で更なる詳細な情報があれば、

是非ご連絡を頂ければと思う。m(_ _ )m

( 『シャワー』のファンだった世代の中には、

当時の青春時代を「DO UP(謳歌)」したいがため、

今でも、Yahooオークションで当時のグラビア関連が

オークションに出されると、瞬く間に入札希望者が殺到 する。

因みに 『DO UP』と言うこの言葉は、

デビュー曲『DO UP 愛ING』の冒頭に入っている、

歌詞の出々しで、

当時のファンの間での合言葉 のひとつだった。(^-^)/)

因みに 当時は、今の様な「AKB48」の様な、

アイドルユニット系が受け入れられる様な下地がなく、

しかも全員モデル系出身でプロの歌手ではないため、

レコードとの落差 が大きかった。

更には CM撮影のための俄か作りと言う点もあり、

その点では、不遇の「ユニット・グループ」

だった事は否めなかった。

結局は1年足らずの活動で、

この間にEP(ドーナツ盤/45回転)レコードを2枚。

LPレコード(33回転1/3)1枚だけを出して自然解散となった。

解散後は、各人バラバラで活動する事になるが、

その後、芸能界を既に引退されている方もいる様である。

しかし、短期間の「ユニット・グループ」だったとは言え、

彼女達(シャワー)の活躍は、

今日の「団体系女性アイドル・ユニット」の

先駆けの下地を作った事 は間違いなく、

その後の 昭和60(1985)年に誕生した

「おニャン子クラブ」(秋元 康 プロデュース)。

平成09(1997)年に誕生した、

「モーニング娘。」(つんく プロデュース)。

平成17(2005)年に誕生した、

今の「AKB48」(秋元 康 プロデュース)。

そして 「AKB48」の影響で、全国各地に点在する

「ご当地系アイドルユニット・グループ」へと拡がり、

今日に至っている のである。(^-^)/

【DO UP 愛ING / ドゥ・アップ・ラヴィング】

(歌) シャワー

※…昭和57(1982)年02月にスタートした、

大手化粧品メーカー、資生堂 『シャワーコロン』 のCMソング で、

EP(ドーナツ)盤レコードのオリジナルVersionです

※…こちらは、当時の歌番組に出演した時の映像です。

(画質の多少の劣化は、ご了承下さい。)


【昭和57(1982)年 資生堂『シャーワーコロン』CM FILM】

(出演) シャワー

(最新版)

※…当時の、30秒CMスポットです。メンバー全員、若い。(°∀°)b

皆、 『青春 DO UP』 していました。ヾ(@^▽^@)ノ

(音量が若干低めに設定されています。)

【解説】

今から34年前のこの世代の読者の皆さん。(^O^)/

お待たせ致しました。(^O^)/

「シャワーのファンだった」という、

当時の、中・高・大学生世代 の皆さん。(^-^)/

彼女達の様に「カッコイイ女性になりたい」 と、

憧れていた女性読者の皆さん。(^-^)/

特に 特定のファンが多かった、男性読者の皆さん。(^-^)/

あの頃の若かりし青春時代に 『DO UP』

タイムスリップ。ヾ(@°▽°@)ノ

そして、今回初めて 『シャワー』 と言うグループの存在 を知った、

後世代の読者の皆さん。(^-^)/

「おニャン子クラブ」、「モーニング娘。」そして現在の「AKB48」や

「ご当地アイドル系ユニット」の先駆けを作ったのは、

「シャワー」が出発点 なのです。(^-^)/

現在、マルチタレントとして活躍中の「RIKACO」さん。

俳優・陣内孝則夫人の

「陣内恵理子(旧姓 秋山エリ子)」さん。

皆、こんなに若くて弾けていました。(^_-)☆

当時の彼女達の若かりし頃の歌声を、

たっぷりとお聞き下さい。(^-^)/

34年前のこの音源は、今の団体系女性アイドル・ユニットが、

「カバー・リバイバル」として歌っても、

決して遜色のない1曲です。(b^-゜)

そして、当時の中・高・大学生世代に人気のあった

『シャワーコロン』の懐かしの秘蔵CM FILM も、

併せてご覧下さい。(b^-゜)

【シャワー】

(全メンバー・プロフィール)

左側の数字は、EPレコード発売当時の年齢。

右側の数字は、現在の年齢。(左<当時>⇒右<現在>)

昭和57(1982)年レコード発売当時を基準。


【凡例】

【 】内は、当時の芸名。

『 』内は、現在の芸名。

( )内は、サイリウム・イメージ・カラー。

< >内は、EP(ドーナツ)盤、LP盤規格レコードを示す。

[ ]内は、主な獲得世代ファン層。(あくまでも目安です。)

※…プロフィールと各メンバーの顔写真は、

上記のレコードジャケット内の衣装の、

サイリウム・イメージ・カラーを参照にご覧下さい。


※…メンバー出身で、近況が判明している方は、

写真付きでご紹介しています。

■…当時、管理者がお気に入りだったメンバーには、

マークが付いています。(〃∇〃)


【秋 山 エリ(絵梨)子 (あきやま えりこ)】

『陣 内 恵理子(じんない えりこ)』

昭和38(1963)年06月21日 生

18歳 ⇒ 53歳 (パープル<EP>/イエロー<LP>)

[高校生~大学生]

【陣 内 恵理子】 (俳優・陣 内 孝 則 夫人)


● 16歳・高校1年生の時にモデルとしてデビュー。

資生堂「シャワーコロン」のCMキャンペーンガールズ

「シャワー」を作るため、

田辺エージェンシーが昭和56(1981)年11月に、

オーディションを開催し、

応募者250名の中から選ばれた。

オーディションに合格した後、「シャワー」のメンバーの中では、

一番身長が高くちょっとオトナびたイメージが、

トレードマークだった。

23歳の時に、当時ロック歌手で現在のご主人となる、

陣内孝則さんのライブに時任三郎さん達の紹介で、

観に行った事がキッカケで知り合い、その後意気投合し結婚。

現在は、夫人として支える傍ら、

現在でも現役ファッションモデルを務めながら、

ラジオ・テレビ等では「陣内 恵理子」の名前で精力的に活動中。

馬場馬術競技者(アスリート)の資格を持ち、キャリアは27年。

(アラフィー<50代>世代に入っても、現役でファッション・モデルを

続けている、「陣内恵理子」さん<左>。

ご主人は、ご存じ俳優・映画監督も務める、陣内孝則さん<右>。

日本中央競馬会に登録の馬主として、競走馬を所有している。

陣内恵理子さん<中>は、馬場馬術競技者<アスリート>の資格を持ち、

全国大会に出場出来る腕前で、キャリアは27年。ヽ(゚◇゚ )ノ

その井手達は、

まるで中世欧州貴族の様な感じで中々上品。ヘ(゚∀゚*)ノ))

【村 井 美 実 (むらい よしみ)】

『石 川 美 実 (いしかわ よしみ)』

昭和39(1964)年02月10日 生

17歳 ⇒ 52歳 (グリーン<EP>/グリーン<LP>)

[高校生]【石 川 美 実】

● 資生堂「シャワーコロン」のCMキャンペーンガールズ

「シャワー」を作るため、

田辺エージェンシーが昭和56(1981)年11月に、

オーディションを開催し、

応募者250名の中から選ばれた。

オーデションに合格後「シャワー」で芸能界にデビューした後、

CM、モデル等で活躍。芸能界を引退した後にOLを経て独立。

現在は、母親業の傍らモデル業にも復帰し、

大手商社のクライアントに通うコンサルタントとして活躍中。

(結婚を機に芸能界を引退し、OLを経て独立。

母親業の傍らモデル業にも復帰した、

現在の石川(旧姓 村井)美実さん。

OLで得た経験を活かして、現在は大手商社のクライアントに通う、

コンサルタントとしても活躍中。)

【村 上 理(里)佳子 (むらかみ りかこ)】

『RIKACO (リカコ)』

昭和41(1966)年03月30日 生

15歳 ⇒ 50歳 (グレー<EP>/レッド<LP>)

[中学生~高校生]

【RICACO】
● ご存じ、現在マルチタレントとして活躍している

「RIKACO」その女である。

13歳からモデルとして活躍し、昭和55(1980)年に

女性向けティーン雑誌「mc SISTER」のモデルとして、

読者から人気を博す。

資生堂「シャワーコロン」のCMキャンペーンガールズ

「シャワー」を作るため、

田辺エージェンシーが昭和56(1981)年11月に、

オーディションを開催し、

応募者250名の中から選ばれた。

オーデションに合格後「シャワー」で芸能界にデビューした後、

17歳で11PM(NTV系)のアシスタントを務め、

その後は、マルチタレントとして活躍。

「歯に衣せぬ辛口コメント」で有名。

タレント業の他にも、

洋服や雑貨等のプロデュース・販売等を手掛け、

平成22(2010)年04月には、「国際食学協会(2010-2011)」の

名誉理事長 / 親善大使に選ばれている。

(メンバー出身で、

唯一数多くテレビに登場している、「RIKACO」さん。

「シャワー」で活躍していた事を知らない後世代の方でも、

名前とお顔を見ただけで、言わずともご存じの筈。(^-^)/

トーク番組では、時々本音で辛口コメントを発し、

賛否両論の渦に巻き込まれる事も…。

タレント業以外にも、洋服や雑貨、

販売のプロデュースを手掛ける等、非凡な才能ぶりを発揮。

因みにとあるトーク番組で、

MCから「シャワー時代」の事を聞かされると、

ご本人は恥ずかしがって、余り話たくないとの事。(〃∇〃))

【矢 野 有 美 (やの ゆみ)】

昭和41(1966)年07月15日 生

15歳 ⇒ 50歳 (ピンク<EP>/ピンク<LP>)

[中学生]

● 小学校6年生の時に芸能界にスカウトされるものの、

両親に反対され断念するが、 中学校3年生になって、

偶然にもまた同じ人物からスカウトされ、芸能界入りする。

女性向けティーン雑誌「セブンティーン」のモデルを経て、

資生堂「シャワーコロン」のCMキャンペーンガールズ

「シャワー」を作るため、

田辺エージェンシーが昭和56(1981)年11月に、

オーディションを開催し、

応募者250名の中から選ばれた。

当時グループ内では最年少で、

デビュー時は15歳の中学3年生だった。
デビュー後の翌々年・昭和59(1984)年に、

映画「パンツの穴(主演 菊池桃子)」に、

準主役で出演した事で知名度が広がる。

その後、EPレコード1枚と車の雑誌のカバーガールを務めるものの、

昭和61(1986)年に芸能界を引退し、米・カリフォルニア州へ留学。

現地外国人男性との間に男児を出産し、

翌年・昭和62(1987)年に子息を連れて日本に帰国。

現在は、東京都内で家族揃って幸せな日々を送っている。

ご子息は、メンズファッションモデルの「TEDDY(本名:Teddy Wilkins)」。

【TEDDY】 (矢 野 有 美さんのご子息)



(当時、中学生世代の男子・女子から人気のあった矢野有美さん<左>。

映画「パンツの穴」に準主役に出演して知名度があがったものの、

芸能界での活躍は短期間だった。その矢野さんも既に50代に。

現在は、都内で家族と共に幸せな生活を送っているとの事。(^-^)/

ご本人に取って替わって現在は、ご子息・TEDDYさんが、

メンズモデルとしてご活躍<右>。

母親譲りで中々のイケメン。ヽ(゚◇゚ )ノ)

【高 鹿 久 子 (たかしか ひさこ)】

昭和37(1962)年11月15日 生

19歳 ⇒ 54歳 (ブルー<EP>/ブルー<LP>)

[大学生]

● 資生堂「シャワーコロン」のCMキャンペーンガールズ

「シャワー」を作るため、

田辺エージェンシーが昭和56(1981)年11月に、

オーディションを開催し、

応募者250名の中から選ばれた。

グループ内では最年長で、デビュー当時は19歳。

「キラッとひかる笑顔」がトレード・マークで、

愛称は、「チャコ」。(^_-)☆ 

大学生の男子を中心にかなりのファンが多かった。

(管理者もそのひとり。(^▽^;))

「シャワー」にデビューする前、

視聴者参加型歌手オーディション番組『スター誕生』(NTV系列)の

坂本 九~やすきよ(横山やすし&西川きよし)の前期まで、

5代目「くれよん」のアシスタントを務める。

「シャワー」として芸能界にデビュー後、CM等数多く

出演していたものの、その後の目立った動きはなく、

現在の詳細は不明。


【中 川 雅 世 (なかがわ まさよ)】

昭和39(1964)年06月27日 生

17歳 ⇒ 52歳 (イエロー<EP>/ブラック<LP>)

[高校生]

● モデルとして活躍している処に、

資生堂「シャワーコロン」のCMキャンペーンガールズ

「シャワー」を作るため、

田辺エージェンシーが昭和56(1981)年11月に、

オーディショ
ンを開催し、

応募者250名の中から選ばれた。

オーディション合格後「シャワー」のメンバーとなる。

芸能界にデビュー後、

俳優・山城新伍(故人)司会の「アイアイゲーム(CX系)」の

アシスタントを務め、その後スポーツ関連のリポーターとして

活躍するも、その後の活動状況等については詳細不明。


【尾 上 千 昌 (おがみ ちあき)】

『尾 上 千 秋 (おがみ ちあき)』

昭和40(1965)年07月08日 生

16歳 ⇒ 51歳 (オレンジ<EP>/パープル<LP>)

[中学生~高校生]

【尾 上 千 秋】


● 16歳の時、集英社「ヤングジャンプ」専属グラビアモデルを務め、

若年層読者から根強い支持を受ける。

資生堂「シャワーコロン」のCMキャンペーンガールズ

「シャワー」を作るため、

田辺エージェンシーが昭和56(1981)年11月に、

オーディションを開催し、

応募者250名の中から選ばれた。

合格後「シャワー」のメンバーを経て、

18歳から本格的にモデル活動を始める。

雑誌、CM、ポスター、雑誌広告の中でも化粧品、

着物などを中心に活躍。

主な出演作品は、CM「NTTハローダイヤル」、「日産ローレル」、

「タケダベンザエース」、「ヤクルト化粧品」、「JR西日本」、

「イーオン」他多数で、現在も現役モデルとして活躍中。

(「ヤングジャンプ」の専属グラビアとしてスタートし、

そこから当時の中・高校生から根強い支持を受けた、尾上さん。

シャワーの時代にソロでEPレコードを出した事もある<左>。

その尾上さんもアラフィー<50代>世代に入っても、

当時の美しさは、変わらず。(・∀・)

現在も現役でモデル業を継続中<右>。

主に企業向けPRポスターや通信販売カタログ等で、

ひょっとして一度は、お目に掛かったケースがある筈。(^-^)/

前出の陣内恵理子さん同様、メンバー出身では、

数少ない現役モデルとして、活躍中。(^-^)/)

【ご協力をお願いしますm(_ _ )m】

各メンバーのプロフィール等で、

当時の世代ファンでいらした方、

また最新の情報等をお持ちの方は、

是非、当Blog Siteまでお知らせ下さい。(^-^)/

最新の情報に随時更新致します。

また当時シャワー・ファンの方で、

当時の懐かしの思い出のエピソードをお持ちの方、

是非、ご遠慮なくコメントをお寄せ下さい。(b^-゜)

お寄せ頂いたコメントは、

こちらで一旦事前審査の上、

その後に公開させて頂きます。

皆様のご協力を、宜しくお願い致します。m(_ _ )m

JG7MER / Ackee

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